地元民が語る加古川ネタ知っとう?
尾上の国道沿いの住宅街を抜けた先にある信仰のスポット「尾上神社」
【地元民が語る加古川ネタ知っとう?】は、加古川の地元民だからこそ知るスポットやイベントの情報を突撃取材し、加古川の魅力を発信していくコーナーです。
【尾上神社と「尾上の松」】
【尾上神社と「尾上の松」】
こんにちは、ご当地ライターのまっすんです!
今回で、320記事目の掲載♪
鳥居の前に立つと、街の喧騒がすっと背後へ遠ざかり、空気がひとつ澄む。白壁に囲まれた境内の奥には、枝を大きく横へと張り出した堂々たる松の姿があった。
これこそが、古くから名高い「尾上の松」である。
【尾上神社と「尾上の松」】
和歌に詠まれた“名松”
境内の案内板にはこう記されている。
境内には謡曲「高砂」に詠われた相生霊松「尾上の松」があり、現在の松は八代目です。
相生の松といえば、高砂神社の松と対になる存在。
つまり尾上の松は、高砂の松と「夫婦松」として古くから人々に親しまれてきたのだ。
平安時代の和歌集『千載集』には、
「高砂の尾上の鐘の音すなり暁かけて霜や置くらん」
と詠まれ、尾上の地は松とともに“音”や“気配”の記憶として文学の中に息づいてきた。
目の前の松を見上げながら思う。
これは単なる庭木ではない。
文学・信仰・土地の記憶を、枝一本一本にまとった「生きた文化財」なのだ。
【尾上神社と「尾上の松」】
現在の松は八代目、それでもなお「尾上の松」
看板にはさらにこうある。
現在の松は八代目である。
つまり、過去の松は寿命を終え、そのたびに植え継がれてきた。
それでも人々は変わらず「尾上の松」と呼び続けた。
ここに、日本人らしい“文化の継承”があると思う。
形が変わっても、世代が変わっても、「物語」が受け継がれていく。
それこそが本当の意味での文化財なのではないだろうか。
支柱に支えられ、地を這うように枝を伸ばす姿は、まるで「土地の記憶を抱きしめる」ようでもある。
【尾上神社と「尾上の松」】
国指定重要文化財「尾上の鐘」
尾上神社の境内でもう一つ見逃せない存在がある。
それが「尾上の鐘」だ。
案内板によると、
高さ:123.5cm
口径:73.5cm
製作:11世紀頃(高麗時代)
国指定重要文化財
つまり、約1000年前の鐘である。
さらに興味深いのが伝承だ。
その昔、海賊に盗まれ海に沈められた鐘が、漁師の手によって引き上げられた。
しかし鐘を打つと「おのえへ、いの~」と聞こえたため、尾上神社に戻されたという。
なんとも神秘的な話だ。
鐘が自ら帰るべき場所を語ったという伝説。
こうした物語が土地に積み重なっていくことで、神社は単なる施設ではなく「語りの場」になっていく。
【尾上神社と「尾上の松」】
「都恋しき片枝の松」
境内にはもうひとつ、印象的な松がある。
それが「都恋しき片枝の松」。
案内板にはこう記されていた。
神功皇后のみあとをしたって枝葉ことごとく東に向かって張ったといわれる。
その形状はあたかも龍のうずくまった様で、千載集に
「おのえを深く 誠に希世の老松であったが、昭和二十四年枯死。現在は三代目である」
“都を恋い、東へ枝を伸ばした松”
この表現があまりに美しい。
自然の樹形に、人の心を重ね、物語として語り継ぐ。
これもまた、日本文化の奥深さだ。
【尾上神社と「尾上の松」】
尾上神社という「土地の記憶装置」
境内を歩いていると、石碑、灯籠、玉垣、古い門構え、そして松。
どれもが声を持たぬ語り部のように感じられてくる。
尾上神社の由緒を記した案内には、
祭神は住吉大神(海の神様)
古くから大村神社・歳神社などと並び信仰を集めてきたとある。
海と川、そして人の暮らしが密接に結びついていた時代、この地は“祈りの結節点”だったのだろう。
【尾上神社と「尾上の松」】
松を見に行く、という贅沢
正直に言えば、尾上神社は派手な観光地ではない。
大型駐車場があるわけでも、カフェが併設されているわけでもない。
しかし、だからこそいい。
・千年の物語をまとった松
・伝承を残す鐘
・静かな境内
・住宅街の中にひっそり残る“時間の層”
ここには「観光地化されていない本物」がある。
私は苔や植物と日々向き合う中で、「時間がつくる美しさ」に何度も心を打たれてきた。
尾上の松もまさにそれだ。
人の手が入り、世代を越えて守られながら、それでもなお“自然として美しい”。
尾上の松は、加古川の誇りだと思う
取材を終えて境内を振り返ったとき、改めて感じた。
この松は、単なる一本の樹木ではない。
加古川という土地が積み重ねてきた歴史、信仰、文学、暮らしの象徴だ。
そしてそれを、今もなお静かに守り続けている地域の人々がいる。
観光パンフレットには大きく載らなくてもいい。
SNS映えを狙わなくてもいい。
それでも、この松は、確かに「ここに在る」。
そんな存在こそ、本当の意味での“ご当地の宝”ではないだろうか。
【記事作成日 2026年1月27日】
▼ 「加古川市」が紹介されている動画はこちらから!! ▼
《 下記のポイントは要チェック 》
1. 尾上神社の「尾上の松」は和歌にも詠まれた千年級の文化的象徴として認識すべし。
2. 現在の松は八代目であり、植え継がれてきた“物語の継承”こそ価値と捉えるべし。
3. 国指定重要文化財「尾上の鐘」は11世紀製作の歴史遺産として注目すべし。
4. 「都恋しき片枝の松」など、松に込められた伝承や心象風景を文化資源として語るべし。
5. 尾上神社一帯は観光地化されていない“本物の地域文化”を体感できる場として訪れるべし。

【ご当地ライターまっすん】
【加古川ご当地ライター まっすん(増田真人)のプロフィール】
高校まで加古川で生まれ育ち、大学は東大阪の近畿大学でしたが、通っておりましたので約20年ぐらい加古川で生まれ育ちました。20から30代前半までは、大阪・神戸で仕事しておりましたが、2012年から加古川駅前に「会員制レンタルオフィス~エリンサーブ~」の立ち上げに関わり、現在は起業支援の仕事をしながら、10個の仕事をこなすパラレルワーカーとして活動しております。
▼ まっすん(増田真人)のフェイスブックはこちら!!
▼ 加古川図書館近くで運営しているちいさな駄菓子屋さんはこちら!!
▼ 増田兄弟がやっている加古川の出張撮影サービスはこちら!!
▼ 加古川の苔屋さんはこちら♪
▼ 加古川でスマホ教室もやってます♪
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

あかがね御殿と呼ばれた名建築 ― 加古川・多木浜洋館を訪ねて
多木化学の創立者・多木久米次郎が、賓客を迎えるために建築し、昭和8(1933)年に完成した4階建ての洋館です。

【加古川の記憶を結ぶ一本の松】 尾上神社と「尾上の松」──千年を超えて生き続ける物語
尾上の国道沿いの住宅街を抜けた先にある信仰のスポット「尾上神社」

加古川の町に静かに息づく祈りの場 浄土真宗本願寺派 寳嶺山 「教泉寺」を訪ねて
教泉寺は、「浄土真宗・本願寺派」のお寺で、尾上の松駅から徒歩8分(623m)のところにあります。