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地元民が語る加古川ネタ知っとう?

【加古川の歴史を掘り起こす】古大内遺跡(賀古駅家跡)を歩く|日本最大の“古代サービスエリア”の正体とは

加古川市野口町に「1300年前の国家インフラの中枢」があった場所があることをご存じですか?

【地元民が語る加古川ネタ知っとう?】は、加古川の地元民だからこそ知るスポットやイベントの情報を突撃取材し、加古川の魅力を発信していくコーナーです。

【古大内遺跡(賀古駅家跡)】

【古大内遺跡(賀古駅家跡)】

こんにちは、ご当地ライターのまっすんです!

 

今回で、328記事目の掲載♪

 

今回、訪れたのは
「古大内遺跡(賀古駅家跡)」

 

ここは、古代日本の交通・物流・行政を支えた重要拠点であり、


なんと“日本最大規模の駅家(うまや)”とされる場所です。

 

現地を歩いてみると、静かな風景の中に、
確かに“歴史の厚み”が感じられる場所でした。

【古大内遺跡(賀古駅家跡)】

■ 古大内遺跡とは何か?|古代山陽道の重要拠点


古大内遺跡は、奈良時代から平安時代にかけて機能していた「賀古駅家(かこのうまや)」の跡地とされています。

 

駅家とは、現代でいうところの「宿泊施設」「馬の中継所」「行政拠点」を兼ねた“国家運営の要所”です。

 

当時、日本には「七道」と呼ばれる幹線道路網が整備されており、その中でも特に重要だったのが

 

→ 古代山陽道(奈良~九州を結ぶ幹線)

このルート上に設置された駅家の一つが、賀古駅家でした。

 

そして驚くべきことに…

→ 馬40頭を備えた、日本最大規模の駅家

 

つまりここは、単なる中継地点ではなく、国家レベルの物流ハブだったのです。

【古大内遺跡(賀古駅家跡)】

現地を歩くと見えてくる“違和感”実際に訪れてまず感じるのは、「え?ここにそんな重要施設が?」というギャップです。

 

住宅街の中に小さな神社、石碑や案内板、生活感のある風景が広がっています。

 

しかしよく観察すると、道が妙に直線的で、土地が広く開けている、古い石や基壇が残っているなど、人工的な痕跡が見えてきます。

 

発掘調査でも、方形区画(約80m四方)築地塀門の礎石(唐居敷)などが確認されており、かなり整備された施設だったことが分かっています。

【古大内遺跡(賀古駅家跡)】

■ 神社と駅家の関係|歴史の重なり


現在、この遺跡の中心には神社が建っています。

これは全国的にもよくあるパターンで、

 

「重要な場所=信仰の場になる」

という流れです。

 

実際にこの場所も

古代:駅家(行政・交通)
中世:城跡とされる説
近世以降:神社
というように、
時代ごとに役割を変えてきました。

 

つまりここは、
“歴史が積み重なっている場所”なんです。

【古大内遺跡(賀古駅家跡)】

■ 現地で感じた見どころポイント


① 神社と狛犬の存在感
狛犬や拝殿の雰囲気は素朴ですが、この土地の長い歴史を象徴しています。

特に狛犬の表情は力強く、かつての“国家施設の守り”を想像させます。


② 小さな祠と信仰の継続
敷地内には複数の祠があり、現在も地域の信仰が息づいています。

古代から続く“場所の力”が、形を変えて残っているのが印象的です。

 

③ 案内板に刻まれた歴史
現地の説明板には「奈良時代後期~平安時代の遺跡」「駅家としての役割」「古代山陽道との関係」
が丁寧にまとめられています。

ここを読むだけでも、一気に理解が深まります。


④ 何もない広場が語るスケール感
広場のような空間や空き地。

実はこここそが、「巨大施設があった証拠」です。

 

80m四方の施設があったと考えると、現代のコンビニやSAどころではない規模。

 

ここに「馬40頭」「役人」「物資」が集まっていたと思うと、一気に景色が変わって見えます。

【古大内遺跡(賀古駅家跡)】

なぜここが重要だったのか?理由はシンプルです。

 

「加古川は交通の要衝だった」

東:明石・都へ
西:姫路・九州へ
北:山間部へ


この交差点に位置していたため、物流・行政・軍事すべてにおいて重要でした。

 

つまり賀古駅家は “播磨の中心拠点”だったといえます。


古代のインフラと現代の共通点面白いのは、この駅家の仕組みが現代と非常に似ている点です。

 

“1300年前のSA(サービスエリア)”と言っても過言ではありません。


正直に言うと、最初は「地味な遺跡やな…」という印象でした。

 

でも歩いていくうちに、土地の広がり、神社の配置、歴史の重なりを感じていくと、

 

「ここ、めちゃくちゃ重要な場所やん」と気づきます。

 

派手な遺跡ではないですが、 “想像力を使うと一気に面白くなる場所”それが古大内遺跡です。

【古大内遺跡(賀古駅家跡)】

今回の取材で強く感じたのは、「歴史は“残っている場所”より、“消えた場所”の方が面白い」ということです。

 

古大内遺跡は、城のように形が残っているわけでもなく観光地として整備されているわけでもない。


それでも、「ここにあったものを想像する」ことで、一気に価値が浮かび上がる場所です。

 

普通の風景の中に歴史は潜んでいる古大内遺跡は、そんな“気づく力”を教えてくれる場所でした。

 

 

【 記事作成日 : 2026年4月24日 】

▼ 「加古川市」が紹介されている動画はこちらから!! ▼

《 下記のポイントは要チェック 》

 

1. 古大内遺跡は奈良~平安時代に機能した日本最大級の駅家跡と知るべし!
2. 古代山陽道の要衝として物流・行政の中心拠点であったと理解すべし!

3. 現在は住宅地の中に痕跡が残り、想像力で読み解く遺跡であると捉えるべし!

4. 神社や祠は歴史の重なりを示す重要な手がかりと見るべし!

5. 何もない空間こそ当時のスケールを物語る価値ある証拠と感じるべし!

【ご当地ライターまっすん】

【加古川ご当地ライター まっすん(増田真人)プロフィール】

 

高校まで加古川で育ち、大学は東大阪の近畿大学へ進学。人生の約20年間を加古川で過ごしました。


20代から30代前半にかけては大阪・神戸で勤務し、ビジネス経験を積んだ後、2012年より加古川駅前にて「会員制レンタルオフィス ~エリンサーブ~」の立ち上げに参画。

 

現在は起業支援を軸に活動しながら、複数の事業を同時に展開する“パラレルワーカー”として、地域に根ざした仕事づくりに取り組んでいます。


ご当地ライターとしては、加古川の魅力や人・場所・文化を発信し、地域と人をつなぐ役割を担っています。

 


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※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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