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地元民が語る加古川ネタ知っとう?

江戸時代から地域の農業を支える「峠池」を歩く!市街地に残る珍しい谷池(加古川市野口町良野)

空と水面、季節の草花に囲まれて。約370年の歴史と新井用水の物語が残る、まちなかのため池へ

【地元民が語る加古川ネタ知っとう?】は、加古川の地元民だからこそ知るスポットやイベントの情報を突撃取材し、加古川の魅力を発信していくコーナーです。

【峠池】

【峠池】水面に広がる空と雲。ため池のほとりには草木が茂り、穏やかな自然風景が広がっています。

ども!
加古川ご当地ライターのまっすんです!

 

今回は、加古川市野口町良野にある「峠池(とうげいけ)」を歩いてきました~!

 

加古川周辺を歩いていると、住宅地の中に突然、大きな水面が現れることがあります。

 

東播磨地域を象徴する景観のひとつ、「ため池」です。

 

今回訪れた峠池も、周囲には住宅や学校などがあり、現在ではすっかり市街地の中にあります。

 

ところが、この池の歴史を調べてみると、単に「大きな池」というだけではありませんでした。

 

築造されたのは江戸時代。さらに、加古川地域の農業に大きな役割を果たしてきた新井(しんゆ)用水とも深い関係を持つため池なのです。

 

今回は、そんな峠池をゆっくり散策しながら、その歴史と現在の風景を紹介します!

【峠池】野口町長砂の住宅地に広がるため池。水辺には自然が残り、地域の風景を形づくっています。

■ 野口町良野の住宅地に広がる大きな水面


峠池があるのは、加古川市野口町良野。

 

現地に到着すると、まず目を引くのが想像以上に広々とした水面です。

 

東播磨ため池歳時記に掲載されたデータによると、峠池の総貯水量は38,000立方メートル、貯水面積は26,000平方メートル。管理者は良野農水会(良野水利組合)とされています。

 

加古川市の地域防災計画でも、峠池は野口町良野に位置するため池として掲載され、堤高3.2m、堤長170m、総貯水量38,000立方メートルとされています。

 

実際に池の前に立ってみると、数字以上に大きく感じます。

 

水面の向こう側には住宅や建物が並んでいます。

 

つまり、自然の奥深くにある池ではなく、私たちの暮らしのすぐそばに存在する水辺なんですね。

 

この「住宅地+大きな水面」という風景も、ため池が数多く残る東播磨らしさなのかもしれません。

 


■ 空がそのまま池の中に広がるような風景


今回の取材で特に印象に残ったのが、空の広さでした!

 

池の周囲には視界を大きく遮るものが少なく、空がとても大きく見えます。

 

取材日は雲が広がりながらも時折太陽が顔をのぞかせ、水面には雲や光が映り込んでいました。

 

上を見れば空。

目線を下げれば、もうひとつの空。

 

風が弱くなると水面が鏡のようになり、雲の模様まで映し出されます。

 

反対に風が吹けば、細かな波が水面を走っていきます。

 

同じ場所に立っていても、数分ごとに表情が変わっていくんです。

 

写真を撮るのが好きな方なら、ついつい何枚も撮影したくなる場所だと思います。

【峠池】池のほとりに咲く黄色い花と、秋の空を映す水面。住宅地の中で季節の彩りを感じられる風景です。

■ 秋の峠池を彩るススキと黄色い花


池の周囲に目を向けると、季節の植物もたくさん!

 

今回の取材では、池のほとりに黄色い花がまとまって咲き、水面の青や灰色との鮮やかなコントラストを見せていました。

 

そして、秋といえばやっぱりススキ!

細長い穂が風に揺れ、その向こう側に池と空が広がる景色は、どこか懐かしさを感じさせます。

 

住宅地のすぐそばなのに、少し視線を変えるだけで、昔から続いてきた里の風景を感じられる。

 

こういう場所が残っていることも、加古川の魅力ではないでしょうか。

 

季節によって植物の姿も、水面の色も、空の表情も変わります。

 

一度だけではなく、季節を変えて歩いてみたくなる場所ですね~♪

 


■ そもそも、なぜ「峠池」という名前なの?


池のそばには「峠池」と書かれた説明板があります。

これを読むと、池の名前の由来が分かります。

 

この辺りは、もともと小高い丘陵地だったそうです。

 

昔、ため池西側の細田村(現在の良野)の集落から南東部の農地へ向かう際、人々は農耕具を荷車に載せ、この丘陵地を行き来していました。

 

池沿いの峠道には洪水吐からの水路が併設されており、大雨になるとあふれた水が峠道を川のように流れていたとされています。

 

現在は道路が舗装され、水路の位置も変わったため、当時の面影はほとんどありません。

 

しかし、「峠にあった池」だから「峠池」。

 

とても分かりやすく、それでいて地域の地形や暮らしの歴史が詰まった名前だったんですね。

 

現在の風景だけを見ていると、昔ここを農具を積んだ荷車が行き交っていたとはなかなか想像できません。

 

でも、説明板を読んでから改めて池を見ると、風景が少し違って見えてきます。

【峠池】1650年に築造され、2006年に改修されたと伝わる峠池。地域の歴史を紹介する案内板です。

■ 峠池が造られたのは1650年!


さらに驚いたのが、その歴史です。

 

東播磨ため池歳時記によると、峠池の築造年は1650年。改修年は2006年とされています。

 

1650年といえば江戸時代。

今から370年以上も前です!

 

現在、峠池の周囲には住宅が立ち並び、道路が通り、私たちはスマートフォンを持って池の周りを歩いています。

 

しかし、この水面は江戸時代から地域の農業や人々の暮らしを支えてきたことになります。

 

そう考えると、目の前にあるため池そのものが地域の歴史を今に伝える存在と言ってもよさそうです。

 


■ 新井用水から最初に水を受ける池


峠池を語るうえで、もうひとつ重要なのが新井用水です。

 

現地の説明板によると、峠池は今里傳兵衛が開削した新井用水から最初に取水するため池とされています。

 

池の周辺を歩いてみると、水路が通っているのを確認できます。

 

普段なら何気なく通り過ぎてしまいそうな水路ですが、その背景を知ってから見ると面白い!

 

ため池は単独で存在しているのではなく、水路や農地とつながりながら地域全体の水利用を支えてきました。

 

水がどこから来て、どこへ向かうのか。

 

そんな視点で歩いてみると、普段の散歩道がちょっとした地域学習のフィールドに変わります。

【峠池】谷部を堰き止めて造られた「谷池」。池の周囲には通路や柵が整備され、住宅地の中に水辺の風景が広がっています。

■ 市街地では珍しい「谷池」


そして、峠池には構造上の特徴もあります。

 

現地の説明によれば、峠池は谷部を堰き止めて造られた「谷池」です。

 

周辺にあるため池の多くに見られる「皿池」とは構造が異なり、市街地に残る谷池として珍しい存在とされています。

 

現在では周囲が市街化しているため、「ここがかつて谷状の地形だった」と言われても、一見しただけでは分かりにくいかもしれません。

 

しかし、池の成り立ちを知ったうえで周囲の高低差や水路を眺めてみると、土地本来の姿を想像できます。

 

地形を利用して水を蓄え、必要な場所へ届ける。

昔の人々が地域の地形を読みながら水を利用してきたことが、峠池から伝わってきます。

 


■ 木道を歩く時間も気持ちいい!


峠池の魅力は歴史だけではありません。

池の周囲には歩ける場所が整備されていて、特に印象的なのが水辺に沿って続く木道です。

木製の柵の向こうには水面。

 

反対側には木々が並び、落ち着いた雰囲気があります。今回歩いてみても、とても気持ちいい!

 

水面を眺めながらゆっくり歩くと、街の中にいることを忘れてしまいそうになります。

 

過去のまいぷれの記事でも、峠池周辺は散歩やジョギングを楽しむ人が見られる場所として紹介されています。

 

ただし、ため池は農業用の施設です。

散策するときには、水辺へ不用意に近づかず、柵を越えたりしないなど、安全に配慮して楽しみたいですね。

【峠池】ため池沿いに続く木製の遊歩道。農業用水を支えるため池は、地域の身近な水辺の風景にもなっています。

■ ため池は「農業施設」であり「地域の風景」でもある


ため池というと、「農業用の水をためる場所」というイメージが強いと思います。

 

もちろん、それが本来の大切な役割です。

 

一方で、長い年月を経た現在では、ため池は地域の景観をつくり、生きものや植物が見られる水辺となり、人が歩きながら季節を感じられる場所にもなっています。

 

峠池では、地域による保全活動も続けられてきました。

 

兵庫県が発行した資料では、2016年の「ため池クリーンキャンペーン」で、峠池においてため池清掃・草刈りが予定されていたことが確認できます。

 

美しい風景が自然に維持されているわけではなく、地域の人たちによる管理や保全があってこその景色なんですね。

 


■ 何気ない風景の中に、370年以上の物語


今回、改めて峠池を歩いて感じたのは、「身近な場所ほど、知らない歴史が隠れている」ということでした。

 

普段なら、「大きな池があるなぁ」と通り過ぎてしまうかもしれません。

 

でも、その名前の由来を知る。

昔の地形を知る。

農業との関係を知る。

新井用水とのつながりを知る。

 

すると、目の前の景色が一気に立体的になります。

 

江戸時代に造られ、農業用水を蓄え、時代とともに周囲が農地から市街地へ変わっていく中でも、現在まで残されてきた峠池。

 

派手な観光スポットではありませんが、加古川という地域の歴史と暮らしを静かに伝えてくれる場所でした。

 

何気なく散歩できる身近な水辺ですが、その背景には江戸時代から続く農業と水の歴史があります。

 

現地の説明板を読みながら歩くと、「なぜここに池があるのか」「なぜ峠池という名前なのか」「水はどこからやって来るのか」と、次々に興味が湧いてきます。

 

皆さんも近くを訪れた際には、池を眺めるだけでなく、ぜひ周囲の地形や水路、季節の植物にも目を向けながら歩いてみてくださいね~!

 

加古川のまちなかに残る、370年以上の水辺の歴史。

 

ご当地ライターまっすん、今回も身近な加古川の魅力をひとつ発見しました~!!

 

 

【 記事作成日 2026年9月30日 】

▼ 「加古川市」が紹介されている動画はこちらから!! ▼

《 下記のポイントは要チェック 》

 

1.  江戸時代から続く370年以上の歴史を感じるべし!
2.  「峠池」という名前に残された昔の地形と暮らしを知るべし!

3.  新井用水とため池のつながりに注目するべし!

4.  水面・ススキ・季節の草花を眺めながらゆっくり散策するべし!

5.  市街地に残る珍しい「谷池」を、地域の大切な風景として見つめるべし!

【ご当地ライターまっすん】

【加古川ご当地ライター まっすん(増田真人)プロフィール】

 

高校まで加古川で育ち、大学は東大阪の近畿大学へ進学。人生の約20年間を加古川で過ごしました。


20代から30代前半にかけては大阪・神戸で勤務し、ビジネス経験を積んだ後、2012年より加古川駅前にて「会員制レンタルオフィス ~エリンサーブ~」の立ち上げに参画。

 

現在は起業支援を軸に活動しながら、複数の事業を同時に展開する“パラレルワーカー”として、地域に根ざした仕事づくりに取り組んでいます。


ご当地ライターとしては、加古川の魅力や人・場所・文化を発信し、地域と人をつなぐ役割を担っています。

 


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※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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