地元民が語る加古川ネタ知っとう?
巨大な「塔の心礎」が語る白鳳時代の加古川――身近なまちに眠る古代寺院の痕跡を、ご当地ライターまっすんが歩く
【地元民が語る加古川ネタ知っとう?】は、加古川の地元民だからこそ知るスポットやイベントの情報を突撃取材し、加古川の魅力を発信していくコーナーです。
【中西廃寺】
【中西廃寺】
こんにちは!
加古川のまちを歩きながら、地域の歴史や自然、ちょっと気になるスポットを紹介している「ご当地ライターまっすん」です。
今回訪れたのは、加古川市西神吉町中西にある「中西廃寺(なかにしはいじ)」。
周辺には青々とした田んぼが広がり、その向こうには住宅が並ぶ、のどかな風景が続いています。
一見すると、ごく普通の加古川の田園地帯。
しかし、この場所にはなんと約1300年前に建立されたと考えられている古代寺院の痕跡が残されています。
現在、大きな寺院建築を見ることはできません。
それでも現地を歩いてみると、巨大な「塔の心礎」や礎石など、かつてこの地に寺院が存在していたことを伝えるものが残っています。
中西廃寺は西神吉町中西にある古代寺院の跡。
出土した古瓦などから、白鳳時代の寺院と考えられているとのことです。
さらに別の説明板を読むと、寺院跡からは、塔の心礎をはじめ、礎石類、石造の灌花、露盤、刹などが出土していることが分かります。
軒丸瓦などの出土品から、建立された時期は奈良時代前期、今から約1300年前の白鳳時代とされ、出土する古瓦から平安時代後期まで存続していた寺院跡と考えられています。
「1300年前」と聞くと、ずいぶん遠い時代の話に感じます。
しかし、今自分が立っているこの場所に寺院があり、人々が集まっていたと想像すると、歴史が一気に身近になります。
【中西廃寺】
説明板を読むと、寺院跡からは、塔の心礎をはじめ、礎石類、石造の灌花、露盤、刹などが出土していることが分かります。
軒丸瓦などの出土品から、建立された時期は奈良時代前期、今から約1300年前の白鳳時代とされ、出土する古瓦から平安時代後期まで存続していた寺院跡と考えられています。
「1300年前」と聞くと、ずいぶん遠い時代の話に感じます。
しかし、今自分が立っているこの場所に寺院があり、人々が集まっていたと想像すると、歴史が一気に身近になります。
中西廃寺で特に注目したいのが、「塔の心礎(しんそ)」です。
心礎とは、古代寺院の塔の中心に立てられる「心柱」を支えるための重要な礎石。
現地の説明板によると、中西廃寺の塔の心礎は、
長径約225cm、短径約186cm。
実際に見ると、かなりの大きさがあります。
さらに驚くのが、その表面です。
中央には直径約74.5cm、深さ約26cmの円形孔が彫られ、その外側には幅約4~5cm、深さ約1.5cmの同心円状の溝が設けられています。
この溝は、心柱を伝って流れてくる雨水を排水するためにつくられたものと考えられているそうです。
約1300年前に、建物を支えるだけではなく、雨水をどう排水するかまで考えて石が加工されていた。
そう思いながら見ると、ただの大きな石ではなく、当時の人々の建築技術を伝える貴重な存在に見えてきます。
【中西廃寺】
■ 境内に残る石から昔の寺院を想像する
現在の中西廃寺周辺には、小さな薬師堂があります。
瓦屋根と木造の建物、その前には石灯籠が立ち、静かな空気が流れています。
説明板によれば、この薬師堂の境内には堂宇の礎石が数個残されているとのこと。
実際に歩いてみると、境内やその周辺に大きな石を見ることができます。
何も知らずに見れば、そのまま通り過ぎてしまうかもしれません。
■ 弘法大師の伝説が残る「石井の清水」
中西廃寺には、古代寺院としての歴史だけではなく、地域に伝わる物語もあります。
実際に周辺を歩いてみると、大きな石に丸い水場がつくられた場所があります。
訪れた日は水面が鮮やかな緑色に覆われ、古い石と周囲の植物が独特の景観をつくっていました。
歴史的な遺構と、地域で長く語り継がれてきた伝承。
こうしたものが同じ場所に残っているのも、中西廃寺を訪ねる面白さです。
【中西廃寺】
■ 田んぼの向こうに1300年の歴史がある
今回の取材で特に印象に残ったのが、中西廃寺を取り囲む田園風景です。
夏の田んぼには緑色の稲が一面に広がり、その向こうには現代の住宅や電柱が見えます。
そして、そのすぐそばには約1300年前の寺院の記憶が残っている。
古代の寺院跡、農村風景、現代の住宅地。
異なる時代が、一つの風景の中で重なっています。
博物館の展示ケースの中ではなく、今も人々が生活している地域の中に歴史が残っていることを実感できる場所です。
【中西廃寺】
■ 「何もない」と思っていた場所にも物語がある
地域を歩いていると、「この辺には何もない」と思って通り過ぎてしまう場所がたくさんあります。
少し立ち止まってみると、古い石があったり、小さなお堂があったり、昔から続く道があったり、地域に伝わる物語が残っていたりします。
中西廃寺も、まさにそんな場所でした。
派手な観光施設があるわけではありません。
しかし、案内板を読み、塔の心礎を見て、周囲を歩いてみると、そこから約1300年前の加古川につながっていきます。
遠くの有名観光地へ行かなくても、自分たちが暮らしているまちには、まだ知らない歴史があります。
【中西廃寺】
■ ご当地ライターまっすんの取材後記
今回訪れた中西廃寺。
最初に見たときは、田園地帯にある静かなお堂という印象でした。
ところが、説明板を読み、塔の心礎や礎石を見ていくと、目の前の風景がまったく違って見えてきました。
約1300年前、この場所には寺院があり、塔が建ち、人々が行き交っていた。
時代が変わり、建物がなくなり、周囲の景色も変わりました。
それでも石は残り、地域の人々によって記憶や物語が受け継がれています。
いつもの道を一本曲がる。
気になる案内板の前で立ち止まる。
そこから「わがまち」の新しい発見が始まるのかもしれません。
加古川には、まだまだ知られていない歴史や自然、地域の物語がありそうです。
これからも「ご当地ライターまっすん」として、実際にまちを歩きながら、知れば誰かに話したくなる加古川の魅力を紹介していきたいと思います。
※中西廃寺周辺には住宅や農地があります。見学の際は地域の方の生活や農作業に配慮し、史跡・石造物・植物などを傷つけたり採取したりせず、マナーを守って楽しみましょう。
【 記事作成日 2026年8月22日 】
▼ 「加古川市」が紹介されている動画はこちらから!! ▼
《 下記のポイントは要チェック 》
1. 約1300年前の歴史を知るために、まずは現地の案内板をじっくり読むべし!
2. 中西廃寺最大の見どころ、巨大な「塔の心礎」を間近で見るべし!
3. 境内に残る礎石を探しながら、かつての古代寺院の姿を想像するべし!
4. 弘法大師の伝承が残る「石井の清水」と周辺の自然を観察するべし!
5. 古代の記憶と現在の暮らしが重なる、のどかな田園風景を味わうべし!

【ご当地ライターまっすん】
【加古川ご当地ライター まっすん(増田真人)プロフィール】
高校まで加古川で育ち、大学は東大阪の近畿大学へ進学。人生の約20年間を加古川で過ごしました。
20代から30代前半にかけては大阪・神戸で勤務し、ビジネス経験を積んだ後、2012年より加古川駅前にて「会員制レンタルオフィス ~エリンサーブ~」の立ち上げに参画。
現在は起業支援を軸に活動しながら、複数の事業を同時に展開する“パラレルワーカー”として、地域に根ざした仕事づくりに取り組んでいます。
ご当地ライターとしては、加古川の魅力や人・場所・文化を発信し、地域と人をつなぐ役割を担っています。
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※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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