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地元民が語る加古川ネタ知っとう?

ご当地ライターまっすんが歩く 加古川の戦争遺産「くんれん橋」 ~兵士たちが渡った小さな橋に刻まれた歴史~

ハリマ化成の南西にひっそり残る戦争遺産

【地元民が語る加古川ネタ知っとう?】は、加古川の地元民だからこそ知るスポットやイベントの情報を突撃取材し、加古川の魅力を発信していくコーナーです。

【くんれん橋】

【くんれん橋】

こんにちは、ご当地ライターのまっすんです!

 

今回で、333記事目の掲載♪

 

加古川市野口町を歩いていると、何気ない用水路に架かる小さな橋があります。

 

橋の名前は「くんれん橋」

 

周辺を車で通ったことがある方でも、その存在に気付いている人は少ないかもしれません。

 

しかし、この橋には加古川の戦争の歴史を今に伝える大切な物語が残されています。

 

今回、ご当地ライターまっすんは実際に現地を訪れ、くんれん橋を取材してきました。

 

現地に立つと、現在は工場や道路が広がる穏やかな風景の中にありながら、かつてこの場所を多くの兵士たちが行き交った歴史が静かに息づいていることを感じます。

 

加古川市が公開している戦争史跡資料によると、ハリマ化成加古川製造所周辺には旧陸軍高射砲第三連隊基地が存在し、その訓練場へ向かう兵士たちが渡っていたことから「くんれん橋」と呼ばれるようになったと伝えられています。

【くんれん橋】

■ 「くんれん橋」とはどんな橋なのか


現地を訪れると、まず目に入るのが白ヶ池川に設置された大きな水門施設です。

 

青く塗装された設備は現在も地域の治水を支える重要なインフラとして稼働しています。

 

そのすぐ近くにある小さな橋こそが、くんれん橋です。

 

橋の親柱には現在も「くんれん」と刻まれた文字が残っています。

 

取材時には親柱の石材が風雨によって歴史を感じさせる表情を見せていました。

 

近年には地域企業の協力によって親柱の修復も行われ、「くんれんばし」の文字が再び確認できるようになったと報じられています。

 

橋そのものは決して大きくありません。

 

むしろ驚くほど小さな橋です。

 

しかし、その小さな橋が地域の歴史を語る重要な証人になっています。

【くんれん橋】

■ 旧陸軍高射砲第三連隊基地があった場所


現在のハリマ化成加古川製造所や陵南中学校周辺には、1938(昭和13)年に旧陸軍高射砲第三連隊基地が設置されました。

 

高射砲部隊とは、敵機の空襲から飛行場や重要施設を守るために配置された部隊です。

 

当時、尾上地区には加古川飛行場がありました。

 

飛行場は関西地方の防空拠点として重要な役割を担っていたため、その防衛のために高射砲部隊が配備されたのです。

 

現在では住宅地や工場地帯となっているこの地域ですが、戦時中は軍事施設が集中する重要なエリアでした。

 

兵舎。

格納庫。

訓練施設。

射撃訓練場。

 

そうした施設が広がる中で、兵士たちは日々訓練を重ねていました。

 

その際に渡っていた橋が、くんれん橋だったとされています。

【くんれん橋】

■ 白ヶ池川に残る戦争の記憶


今回訪れた白ヶ池川周辺は、一見するとごく普通の都市河川です。

 

水門が設置され、水が静かに流れています。

 

川沿いには雑草が揺れ、近隣住民の生活道路として利用されています。

 

しかし約80年前、この場所を若い兵士たちが歩いていたことを想像すると、風景が違って見えてきます。

 

加古川市が作成した平和探検マップによると、この橋は訓練中の兵士たちだけでなく、爆弾の荷造り材料を積んだ馬車も通行していたと伝えられています。

 

現在の静かな風景と戦時中の緊張感。

 

その大きなギャップこそが、この場所の持つ歴史の重みなのかもしれません。

【くんれん橋】

■ 現地で感じた「歴史は足元にある」ということ

 

戦争遺跡というと、大きな記念碑や保存施設を想像する方も多いでしょう。

 

しかし、くんれん橋は違います。

 

橋は今も生活道路として使われています。

 

周辺には住宅や工場があります。

 

普段の暮らしの中に自然と溶け込んでいるのです。

 

だからこそ価値があります。

 

私たちは遠くへ行かなくても、身近な場所で歴史と出会うことができます。

 

橋の欄干を眺めながら、

「この橋を何人の兵士が渡ったのだろう」

「どんな思いで訓練場へ向かったのだろう」

そんなことを考えました。

 

戦争は決して遠い国の話ではありません。

 

加古川にも確かに存在した歴史なのです。

【くんれん橋】

■ 加古川市が取り組む平和学習


加古川市では「かこがわ平和探検マップ」を作成し、市内に残る戦争史跡を紹介しています。

 

くんれん橋もその一つです。

 

ほかにも、

 

加古川飛行場跡
旧陸軍航空通信学校跡
軍用線跡
聯隊橋
神野弾薬庫関連施設


など、市内には数多くの戦争遺産が残されています。

 

こうした史跡を巡ることで、教科書だけでは学べない地域の歴史に触れることができます。


今回の取材で感じたのは、「歴史は案外身近な場所にある」ということでした。

 

くんれん橋は観光名所ではありません。

 

派手な施設でもありません。

 

しかし、その小さな橋には多くの若者たちの足音が刻まれています。

 

戦争を知らない世代が増える今だからこそ、こうした地域の戦争遺産を訪ね歩く意味があるのではないでしょうか。

 

白ヶ池川の流れを眺めながら、平和な時代にこの橋を渡れることのありがたさを改めて感じました。

 

加古川にはまだまだ知られていない歴史スポットが数多く残されています。

 

皆さんもぜひ一度、くんれん橋を訪れ、地域の歴史に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

 

 

【 記事作成日 2026年6月17日 】

▼ 「加古川市」が紹介されている動画はこちらから!! ▼

《 下記のポイントは要チェック 》

 

1.  兵士たちが実際に往復した歴史の道を感じるべし!
2.  白ヶ池川と水門施設から地域の治水の歴史も学ぶべし!

3.  旧陸軍高射砲第三連隊基地との関わりを知るべし!

4.  加古川飛行場を守った防空拠点の歴史を学ぶべし!

5.  平和な日常の中に残る戦争遺産を未来へ伝えるべし!

【ご当地ライターまっすん】

【加古川ご当地ライター まっすん(増田真人)プロフィール】

 

高校まで加古川で育ち、大学は東大阪の近畿大学へ進学。人生の約20年間を加古川で過ごしました。


20代から30代前半にかけては大阪・神戸で勤務し、ビジネス経験を積んだ後、2012年より加古川駅前にて「会員制レンタルオフィス ~エリンサーブ~」の立ち上げに参画。

 

現在は起業支援を軸に活動しながら、複数の事業を同時に展開する“パラレルワーカー”として、地域に根ざした仕事づくりに取り組んでいます。


ご当地ライターとしては、加古川の魅力や人・場所・文化を発信し、地域と人をつなぐ役割を担っています。

 


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※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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