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地元民が語る加古川ネタ知っとう?

台風で被害を受けた兵庫県加古川市にある長楽寺を参拝してきました♪♪

安産祈願が絶えない「谷の子安地蔵」

【地元民が語る加古川ネタ知っとう?】は、加古川の地元民だからこそ知るスポットやイベントの情報を突撃取材し、加古川の魅力をバシバシ播州弁で発信していくコーナーです。
わがまち加古川60選
わがまち加古川60選
ども、加古川ご当地ライターのまっすんです。

今回も、「わがまち加古川60選」シリーズのひとつ「長楽寺」を散策してまいりました!!

早速入り口には、いつもの看板がありました!!

お寺を参拝する前に、この看板で予備知識を持っていくと、また違った目線で見れるので、オススメですよ♪

看板にはこんな感じで書かれておりました。

----------- ここから -----------

浄土宗の寺院で、和銅6年(713)慈心上人(じしんしょうにん)の開基です。高倉天皇が中宮建礼門院の安産を念じ、丹波老の坂の地蔵尊に祈願をされました。すると、いとも簡単に玉のような皇子を拾いあげたことから、平清盛に命じて、全国六十余州の国々に一体ずつ安置させたものが、本尊の「木造地蔵菩薩半跏像(国重要文化財)」です。「谷の子安地蔵」として安産祈願に訪れる人が絶えません。春の桜と秋の紅葉も見事です。

----------- ここまで -----------

なるほどなるほど。

「安産の神様」のようですね。
天皇とか、かなり古い年号がでていたので、由緒正しいお寺であることは間違いありません。

安産、子宝の神様は、日本各地にありますが、有名なお寺はやはり歴史もしっかりしてます。

しかも、本尊の像は、「国の重要文化財」!!

これは、間違いなく、60選のひとつですね♪
長楽寺階段
長楽寺階段
看板を後に、境内に向かう階段を登っていくと、、、

左右には綺麗な紫陽花が、咲き誇っておりました。

初夏の本当にいい時期です。

紫陽花とお寺ってなんか似合いますよね。

本殿までの階段と道がとてもきれいに整っていたので、地元で愛されて守られていることが伝わってきます。
正面広場
正面広場
本殿を目指して上までやってきましたが、どこにも本殿がない。

なぜ???

それは、正面に立っている看板を見て、全てがわかりました。

なんと、台風の災害とのこと!!


台風12号による被害
台風12号による被害
長楽寺は平成24年9月4日の台風12号により甚大な被害を受けたとのことで、本堂、阿弥陀堂は土砂により全壊してしまいましたが、奇跡的に「木造地蔵菩薩半跏像」は無事だったとのことです。

しかし、本堂がすべて破壊され、しかもその再建に桁違いのお金がかかるため、募金箱が設置されておりました。

台風12号による被害の写真が掲載されていましたが、跡形もなく、破壊されている様子が写っておりました。

一度、台風前の姿を見てみたかったです。

本堂跡は更地で、写真を見ながら空想するしかありません。

大きな祭りなど行われていたお寺のようでしたので、とても残念です。
看板拡大
看板拡大
確かに、募金を募られているのですが、看板の文字をよく読んでいくと、その金額にびっくり!!

なんと、「2億円以上」

お寺の再建ってそんなにかかるんですね。

確かに、特殊な建築法で建てられており、全壊なので、1からの建て替えとなると、こんな桁外れのお金がかかることにびっくりしました。

小さな募金箱しか置いていなかったので、このペースではかなりの年数が立たないと再建の方向性が見えないといった感じでした。

なんとか、再建の目処が見つかって、また以前の盛り上がりを見せてほしいと思います。
仮本堂
仮本堂
正面にあった本堂は、台風のおかげで更地になりましたが、敷地の左に目を向けると、仮本堂が建っておりました。

しっかり、お賽銭箱もあり、お参りできるようになっておりました。

ただ、玄関のようなドアにむかってお祈りするので、なんか雰囲気が出ない感じは拭えないですね。

再建までの道は長いですが、こうやって参拝される方を迎える場所ができていることはとても喜ばしいことです♪
残された瓦
残された瓦
仮本堂の横に、積み重ねられた瓦がありました。

横の説明を見てみると、やはり、全壊した本堂で使われていた瓦とのこと。

少しでもパーツが残っていると、なんだか、その当時の様子が目に浮かんできますね。

とてもいい瓦がのっていたようなので、これだけでも再建費用が高いことは容易に想像がつきますね。
案内看板
案内看板
建物自体は、全壊しましたが、国の重要文化財になっている本尊は助かったと記述があったので、どこにあるのやら、探していると看板の向こうに池があり、その向こうに白い蔵のような建物が見えます。
木造地蔵菩薩
木造地蔵菩薩
近寄って看板など見てみると、やはり本尊はこの中に安置されているようです。

この本尊、近年の台風だけでなく、以下のような歴史もあるようです。

(住職が兵火から守った本尊)

天正6年(1577)羽柴秀吉の播磨攻めの際、長楽寺の伽藍は焼失してしまいましたが、住職が本尊の「木造地蔵菩薩半跏像」を抱いて身を隠し、兵火から守ったといわれています。現在は国の重要文化財に指定されています。

とのこと。

戦国時代に、火事があったようですが、それも本尊は逃れたと。

歴史上の方が、本尊は守りたいという強い思いから、再建を願っていることがこのあたりからも伝わってきます。

この時は蔵の中に安置されているので、見れませんでしたが、御開帳のようなイベントがあるのであれば、ぜひ見てみたいです。
木造地蔵菩薩の看板
木造地蔵菩薩の看板
ご本尊の説明が看板にあり、このように書かれておりました。

----------- ここから -----------

長楽寺の本尊で治承2年(1178)
の作といわれる。
けやき材の一木造りである。

同寺所蔵の古文書には「岩掛け子安地蔵」と書かれている。

豊かな頬、半眼のまなざし、その柔和な相好から受ける感じは、藤原期の彫刻のそれに近いが、肩から膝、手足に流れる線、やや抑揚をもった衣文の線、なにげなく開いた五指の自然の美しさなどに、鎌倉時代の写実的特色が表現されている。

なお、光背と台座は後世の補作である。
昭和63年5月に落慶した地蔵堂に安置されている。

像高 98.0センチメートル
坐高 71.7センチメートル

----------- ここまで -----------

うーん。

この説明文だけで、姿を想像するのは難しいですが、とても価値のある重要文化財であることは伝わってきます。

歴史上の火事と、台風を免れたこの本尊は、本当に奇跡ですね!!
長楽寺の層塔
長楽寺の層塔
奥には本殿があったらしく、墓がたっており、中央付近に大きな玉の石が置いてありました。

永代供養塔のようですね。
水子地蔵尊
水子地蔵尊
やはり、このお寺は安産の神様ということもあり、水子供養の仏様が大小、数百体はあります。

水子だけに、小さな石像が大半を占めていますね。
看板
看板
帰りに、この「長楽寺」の説明が詳しく書かれた看板を見つけ、全文を読んでみました。

----------- ここから -----------

和銅6年(713)真言秘密の道場として慈心上人によって開基、現本尊延命子安地蔵菩薩(木造半跏像重要文化財)は、治承二年(1178)高倉天皇の中宮建礼門院が御産の時 丹波老の坂の子安地蔵尊に祈願されて安徳天皇を安産されたがお喜びをわかつためにこれと同体の地蔵を刻み日本六十六州一国に一体を安置せしめ給うた一体と伝う天正年間(1578)の兵火にて伽藍全部焼失したが本尊だけは難を逃れ宝永3年(1706)専空念教法師の手によって再興不断念仏の道場として今日に至った

----------- ここまで -----------

なるほど、安産の神様でもあり、道場として今日に至るまで、かなり時代の戦火をくぐってきているということで、これだけ素晴らしいお寺はぜひ再建されることを心から願っております。

まっすんが、次に取材に訪れる時には、再建の目処が立っていることを願い、取材場所をあとにしました♪♪

こうやって、記事として発信することも一つの協力の形だと思っていますので、今後も、継続して取材していきたい場所です。

皆様も、できることから1歩ずつ♪

以上、まっすんのレポートでした!!
▼ 「長楽寺」の紹介動画はこちらから!! ▼
【 所在地 】   志方町永室853-1

【 アクセス 】  神姫バス「長楽園」下車すぐ
【加古川ご当地ライター まっすん(増田兄弟)のプロフィール】

加古川に生まれ、学生時代はずっと加古川で過ごし大学は東大阪の近畿大学でしたが、加古川から通っておりましたので約20年ぐらい加古川で生まれ育ちました。

その後、大阪・神戸で仕事しておりましたが、2012年から加古川市の委託事業として、加古川駅前に「起業支援型シェアオフィス」の立ち上げに関わり、現在も加古川で働いております。


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